映画版『となりの怪物くん』原作未読感想

《推定睡眠時間:15分》

エンドクレジットに並ぶ挿入歌がオール西野カナという破壊力。だいたい冒頭からして既に西野がカナしてるのであって、どこか寂しげな面持ちの社会人・土屋太鳳がラジオから流れてきた西野カナの楽曲(「リクエストは2010年の西野カナのヒット曲、ほにゃららほにゃららです」の曲紹介あり)に誘われ、怪物くんこと菅田将暉etcと過ごした高校時代を回想するという懐古スタイル。

西野カナは懐メロだった! これは何気に衝撃の事実じゃあないですか。俺みたいな惨めなオッサンらが西野カナを嘲笑っている頃、西野カナが青春だった子どもたちは確かに存在するのだ。
そして俺みたいな惨めなオッサンらが西野カナを今でも嘲笑っている間、その子どもたちは俺らよりもよほどスマートで洗練されて立派な社会人として活躍しているのである…。

泣いたよ。泣いた。自分の加齢に泣いたよ。わかるまいな。わかるまいなこんなデートムービーをカップルでまたはあの頃の想い出を胸にしかもプレミアムフライデーに見に来ている先の明るそうな正しい観客には俺の涙が!
嘘だよ泣いてないよ本当は良い映画だなぁ西野カナの曲も悪くないなぁ沁みるなぁって感じで楽しく幸せに見ましたよ! ある意味、お一人様鑑賞の三十路フリーターがそういう素直な楽しみ方をしていることの方が泣けるかもしれないが(世間的には)

お話。いつものように女子高生を演じる土屋太鳳。今回の太鳳は感情を殺した勉学の鬼。友だちいらん。遊びもいらん。俺(太鳳)に必要なのは勉強だけだ。
そのわりには何を目標としているのかよくわからないがとにかく一にも二にも勉強である。学校でいじめられている男子生徒とか見かけても怯えることも助けることもなくガン無視である。それもすべて勉強のため。

ベタないカツアゲ被害男子を尻目にさっさと教室に入ろうとしたところで異変が起きる。校舎の二階から何者かが校門前の車寄せにハイパーダイブ、ジャック・タチ『トラフィック』を思わせないでもないヴィヴィット配置の駐車車両のボンネットにジャッキー・チェンもかくやの着地を果たした後、カツアゲ男子どもを一殴り5メートルぐらい吹っ飛ばしていくではないか。
5メートル飛ばしたら『コマンドー』のシュワ並だから大したものだと思うが殴られたカツアゲ衆の一人は一回アスファルトにバウンドして更に高く飛び上がるという物理法則など通用しない魔球的挙動だったからこの男、タダ者では無い。

もちろんその人が怪物くんこと菅田将暉です。「みんな俺をこわがるんだ…」と切なげに語る菅田モンスターだったがだってそれ人間技じゃないもんそれはこわいよ。
『ダイの大冒険』で百貨店に装備を買いに行ったダイが突如として町を襲ったキルバーンかヒュッケバイン配下の魔物を竜の紋章を発現して退治した時に守ってもらったはずの町の人がダイを化け物扱いしたのと同じだよ。

そんな怪物くんとある意味こちらも怪物な土屋太鳳が出逢ったらどうなるか。まあいつもの地域振興&漫画原作の学園映画ですわね。暴力男子が主人公の女子高生の相手役っていうのもいつものやつ。

だが怪物くん要素はほぼ冒頭のみ。学校行くのやだ! でも土屋太鳳が行くならぼくも行くー! 太鳳だいすきー! 冒頭の騒動によりセルフ自宅謹慎をしていた菅田モンはそれから鉄仮面の太鳳の背後にこそこそ隠れながら、近づく生徒にはグルルと唸り声を上げながら、道端で拾ったニワトリを拾ったりしながら登校するようになるので子犬くん化も甚だしい。
『ディストラクション・ベイビーズ』では喧嘩マシーン柳楽優弥を従えて無差別ぶん殴りを敢行していた魔物使い菅田将暉が、今度は土屋太鳳に使役されるのであった。ていうか道端にニワトリって落ちてるのか(落ちていることにする)

そこらへんのエキセントリックを乗り越えた先に広がるのは凡庸なティーン生活。土屋太鳳とは『トリガール!』でも共演した池田エライザは自分で自分は可愛いからモテて困ると真剣にのたまうアホの人、そのアホの人に密かに恋心を寄せているが標準的人間すぎて気を抜くと存在ごと忘れてしまうが決して悪い人ではないクラスメイトの佐野岳、土屋太鳳の予備校ライバルにしてご都合主義的に菅田モンの幼馴染みとかいう狡いまでに定番キャラな山田裕貴、メガネをかけているという以外の特徴が一切ないがとりあえず可愛い学級委員長の浜辺美波、などなどのメンバーがこれといった理由もなく自然と太鳳&菅田モンに合流。

あんなにクセが強かった太鳳&菅田もなんか特徴の薄い人になっちゃってみんなでバーベキューやったりかき氷食いに行ったりと要するに地域振興系映画のここ見てポイントが鼻息荒く画面に割り込んでくる。
おいしそうなジャンク食べ物とかインスタ映え間違いなしのキレイな夜景とかピカピカでシャレオツな観光課イチ押しの商業地区、そして背景に見える豊かな山影と地平線まで見渡せる雄大な海。どうだ!
まぁ、どうだ、と言われても困ると思いますが…ともかく観光ガイド映像に適当な片思いなんかまぶした怪物要素ゼロの青春群像にあっさり移行していくわけで、ズルっと椅子から落ちそうになるが、この舐めた展開がどうしたことか醸し出す一抹の清涼感を俺としては支持したい。

太鳳の男子更正シリーズでいったら『Orange オレンジ』なんてもう大変だったんだから。塞ぎ込んで自死を選ぼうとする不登校生徒を立ち直らせるために太鳳が140分ぐらい奮闘しっぱなしだったんだぞ。
それと比べたらこっちは全体で100分程度、怪物くんが不登校から立ち直るのはおよそ10分すからね…例えるなら『Orange オレンジ』はスタローン映画、『となりの怪物くん』はシュワ映画というところだ。
俺はスタローン派だがたまにはシュワの肉弾映画だって観たくなるんだ。スタローンの哀感とシュワの清涼は二つで一つ。これぞ陰陽・TAOってものでしょうが…!

何の話かわからなくなってしまったが…俺がこの映画が良いと思ったのはですね、菅田モンの葛藤のないクラスの馴染みっぷりとかそんなに驚かない驚きの正体っていうのを、あるいは各々の抱える家庭の事情とか心のヒダっていうのを、そういう泣けたり感情移入できそうなポイントをつぶさに拾っていかない。飛ばし読みしがちな人のためにもう一度書きますが、拾っていかない。
ランタイム約100分。なんとその時間的制約の中で太鳳&菅田モンの高校入学から卒業まで行ってしまうのでエピソードを丁寧に拾っている時間とかないわけだ。片思いがどうとかそういうやつは基本全部ほったらかす。

でもそれが逆に良かったっていうのは結構こう、舞台になる高校の制服がパフュームのステージ衣装みたいだったり、ヴィヴィットカラーの駐車車両が配置されていたり、殴ったら5メートル飛んだりっていう映像はファンタジックなところがあるんですけど、シナリオの煮え切らなさにはなんか映像に反する高校生活のリアリティがあったと思って。

高校生活のリアリティっていうか回想のリアリティかな。高校生の時分には大事件に思えたことも後から振り返ったら別に大したことないっていうのあるじゃないですか。結局あの二人どうなったんだっけ、付き合ったんだっけ、みたいな。
で、どうなったかわからないんですけど、でも正直もうどうだっていいよなっていう。昔のことだし、結局大したことじゃないんだからっていう。でも、やっぱちょっとだけ今でも気になるっていう。

そのリアルとの距離の取り方が俺にはちょっと響いてしまって…速水もこみちの曰くありげな感じとか、シーン毎の起承転結の結をバッサリ切ってくたいへん釈然としない編集とか、少しでもドラマティックな方向に展開が転がって行きそうになるとサッと軌道修正してはぐらかしたりとか…歪で欠けたピースでいっぱいの、ある種マジックリアリズム的なオフビートの匙加減が絶妙で、人の来ないバッティングセンターで西野カナのつまらない歌を聴きながら見る白昼夢ってこんなだろうなっていう、そこらへん良かったなぁ。

夢みたいだけど夢じゃなくて。何かありそうで何もなくて。そのくせ佐野史郎と田口トモロヲのピンポイント起用にギョっとさせられたり笑わされたりとか。
監督ネームがド少女漫画な月川翔というのも無駄に夢幻的な印象を強める、結構これは少女漫画原作映画の異色作なんじゃないの。面白かったですね。
あと古川雄輝も出ている(出番がそれほど多いわけではないが一番感情を寄せやすいキャラクターだったかもしれない)

【ママー!これ買ってー!】


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どちらかと言えばというかどちらかと言わなくてもディスベの菅田将暉の方が怪物。小物ゆえに怪物。

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