《推定睡眠時間:0分》
ナチュラルボーンキラーズなテキサス屠殺一家の末っ子がバイオレント矯正施設に送られて10年、彼こそは後のレザーフェイスであった…みたいな導入に結構斜め上から来たなと思っていたがそこから施設を脱走した非行元少年少女らの殺人逃避行に移行、微妙なニューシネマ的風情の中でレザーフェイスは誰だみたいな変形フーダニットが展開されたので虚を突かれることしきりの90分だ。ぼくはピュアなんです。
さて誰がレザーフェイスか。びっくりしたよないかにもレザーフェイスっぽいあの巨漢じゃねぇんですよどことなく兄貴(チョップトップ)の面影がある無秩序型の饒舌殺人狂でもないんです怒ると死ぬまで人を殴るけど本当は正義漢でこころの優しいヒョロい人だったんですよ。エエー! ぼくはピュアなんです。
でも本当に驚きましたね驚いたっていうか感心感嘆。『悪魔のいけにえ』の正統前日譚との触れ込みですが宣伝に偽りなしっつーか、企画先行の安映画じゃねぇんだっていうそこが…だってあのヒョロい人エド・ゲインみたいな顔してたもんね。
言うまでもなくエド・ゲインはレザーフェイスのモデルとなったお人ですから(半ば無意識的なものらしいが)『悪魔のいけにえ』の前日譚どころか元ネタまで遡っちゃった。それを誰がレザーフェイスでしょうゲームに落とし込むんだから発想の勝利ですよこれは。
エド・ゲインはマザコンだったから悪いけファミリーと言えばヒルビリー臭の強烈な男所帯のイメージですが(実質的に2度目のリメイクの『テキサス・チェーンソー』から先は見てないのでどうか知らないが…)今回は初登場の?ママが強い。圧倒的に強い。
前日譚ということは『悪魔のいけにえ2』でミイラと化して奉られていたのはあのママだったのです的な解釈でよろしいかと思われるが、それにしてもママです。抑圧的なママ。
今でも少しも色褪せないエド・ゲインの衝撃的な犯行は合衆国シリアルキラー時代の到来を告げるラッパのようなものと物の本には書いてある。
その信憑性は甚だあやしいが少なくとも猟奇犯罪系の映画とかドラマを通して広く一般に流布しているアメリカン・シリアルキラーの条件といえば抑圧的なママとママに根差した性的不能とかでしょうやっぱ。
っていうことで映画はその観点からレザーフェイスと『悪魔のいけにえ』を解体してパッチワークしていくわけだ。稀代のシリアルキラーはかくして生まれた、という。
レザーフェイスをスプラッターヒーローからシリアルキラーとして再定義するからにはシリアルキラーについての映画になる。地獄の逃避行に出る非行元少年少女は揃いも揃っていかにもなシリアル人種の観。
後先なんか一顧だにせず性欲と破壊衝動の赴くままに暴走する主犯カップルは逃避行型の殺人カップルとしてシリアルキラー史にその名を刻むマーサ・ベック&レイモンド・フェルナンデス、チャールズ・スタークェザー&カリル・フェゲート、それから忘れてはいけないボニー&クライドらへんをやっぱモチーフにしてんじゃないだろうか。
無口な巨漢はなんか陰が薄かったのでそれほど明確なネタ元はないのかもしれないが、巨漢といえばシリアルキラーの概念が生まれるキッカケを作った元祖シリアルのエド・ケンパーが頭に浮かぶ。
その述懐するところによれば抑圧的な母親・祖母に対する復讐心が犯行動機の奥底にあったというから、これがレザーフェイス探しのミスリードを狙ったものだとしたらよく考えられてますよね。バリバリに穿ってますが。
無口な巨漢がもう一つ思わせるのは『ハロウィン』のマイケル・マイヤーズだったが、そもそも血塗られた過去を持つ仮面を被った少年が矯正施設に入れられて幾歳月な導入からして『ハロウィン』ぽいというのはこれ偶然じゃないだろう。
レザーフェイスのシリアル回帰の意図が濃厚な映画で現代的なスラッシャー映画のスタイルを確立した『ハロウィン』をコラージュ的に引用するんだから相当にストレート。
映画は『悪いけ』オリジナルシリーズの名場面珍場面を予示的にちりばめながらその後のレザーフェイス、特に祝祭的傑作『悪魔のいけにえ2』でのレザーフェイスの心理を紐解く物語になっていたわけですがー、同時にアメリカン・スラッシャー全般のシリアルキラー史からの読み直しを狙っているようにも思えるし、シリアルキラーを媒介としてタコツボ的にジャンル化したスラッシャーをアメリカ映画のもっと大きな文脈に接続しようとしてるんじゃないか、とも邪推できる。
マーサ&レイモンドもカリル&スタークェザーもボニー&クライドもそれぞれ『ハネムーン・キラーズ』『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(と『地獄の逃避行』)『俺たちに明日はない』として映画化されているし(そういえば矯正施設の暴動場面は『ナチュラル・ボーン・キラーズ』っぽさがある)、エド・ゲインは『悪魔のいけにえ』と『サイコ』を生んだわけである。
『セブン』でスター監督の仲間入りを果たしたデヴィッド・フィンチャーは元祖劇場型殺人鬼ゾディアックを描いた『ゾディアック』を経てエド・ケンパーを大ボスに据えたシリアルキラーの実録シリアルドラマ『マインド・ハンター』に至るわけで、ここには出てきませんが殺人ピエロのジョン・ゲイシーは当然『IT』の原型なわけで、こう眺めてみるとシリアルキラーの歴史は現代アメリカ映画の歴史と言ったらいやそれは過言かもしれないが!
でもそんなような批評的視座も孕んでいるような『レザーフェイス 悪魔のいけにえ』で、こういうことをもう結構長い間やっているのが『悪いけ』(『ファンハウス』?)インスパイアな『マーダー・ライド・ショー』で映画界に参入して『ハロウィン』をリメイクしたロブ・ゾンビですが、そのニューシネマ的続編『デビルズ・リジェクト』を思わせる場面も『レザーフェイス 悪魔のいけにえ』には多々あったから、いやもうその無茶を押し通して使えるものは何でも使うエド・ゲイン=レザーフェイス的ブリコラージュ精神にあっぱれって感じですよ。
やぁ良かったす。90分とかいうタイトなランタイムの中に面白要素と素材いっぱい。意味もなくどんどん人が死んでいくしデッド姦ダンス(エロい!)まで盛り込んじゃってお腹いっぱいなたいへんよい90分でしたね。
ちなみにデッド姦の遠回し表現はあんまりそういうのストレートに書くとグーグル広告の人からお叱りのメールがくるからです(いや本当に来るんだよ)
【ママー!これ買ってー!】
『レザーフェイス』を踏まえるとあんなにバカ楽しい『悪いけ2』もなんかメチャクチャ切ない悲恋のお話に見えてしまう。
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