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へっぽこキュートなビジュアルに誘拐犯の言うことをつい信じてしまう無垢な子どものように騙されて映画館に来てしまったのでうわなんかやべぇやつかもって気付いたあたりからハートのざわめきノンストップ。
このざわめきはなんでしょう。たとえばこの赤ん坊(幼児?)の頃に誘拐されて以来ずっと監禁生活を送っていた青年ジェームスさんが監禁部屋で毎日見てる作・誘拐犯のへっぽこ子ども教育番組「ブリグズビー・ベア」を映像でブレインウォッシュな観点からISのプロパガンダ映画などに置き換えて想像してみる。
ISのプロパガンダ映画というのは「ブリグズビー」なんかとは比較にならないくらい金と手間とテクニックのかかったハリウッド的本格派だそうですが、ISが占領した地域のガキを自爆要員にでもするべく攫ってきてその大義を教え込むためにこれを毎日見せてISマジかっけぇ的なイメージを植え付けるとして。
そののち運良く解放されたガキが自宅でなおISのかっこいい映画を見たがってそれ以外のものに何の興味も抱けないとしたら両親としてはオーバーザ顔面蒼白だろう。ジェームスさんの両親もやはりそうなるわけである。
別の例。俺は非信者の創価二世なので子どもの頃は創価アニメをよく見せられていたが(それは幸運にも「ブリグズビー」のようにおもしろくはなかった)、その卑近な例から少し想像の羽を伸ばして映画を見ながら頭に思い浮かべていたのはアーチャリーこと松本麗華さんの、麻原の死刑に関する発言を巡る最近のちょっとしたゴタゴタだった。
なぜそこが、といえば監禁解放=監禁犯提供の「ブリグズビー」放送(?)終了ということで解放されたはいいが大好きなものを奪われてビッグガッカリなジェームスさんは「ブリグズビー」新作の自主制作を思い立つのだが、彼は描いた絵コンテを映像作家志望の友人に熱っぽく説明しながらつい言ってしまうのである。「あの二人はそんなに悪くないから監獄から出してあげよう」
むろんジェイムズさんは「ブリグズビー」新作の構想について言っているのでこの二人は一義的には作中キャラと思われるのですがウッ! ってなりますねウッ! って。笑えますが笑いながらウッとしてますよ。
でそういうウッとポイントがこの映画結構あって、それでそのウッがコメディのスパイスとしての毒っていう感じじゃないので、そのへんシリアスにブレインをウォッシュされた人とその周囲の人の障壁として出てくるんで、つまりだからハートざわつく。
長年馴染んだ世界観を放棄するのはどれほど困難なことかという話。うちの母親も未だに折を見ては布教用の教団刊行物を送りつけてくる。
で、その世界観を維持するに映像娯楽がどのように利用されているかという話。またどのように逆利用が可能かという話。ストレートな映画賛歌と思わせておいてその実、映画の絶大なプロパガンダ性とどう付き合っていくかみたいな話と読めばポップなビジュアルに反し過ぎる反則級に辛辣な映画批判映画であるが、でもプロパガンダってそういう両義的なものですよね確かに。
心中穏やかではないのはこんなお話のくせして映画が穏やかすぎるから。無事帰還したジェームズさんを長女を除いてみんな快く受け入れるやさしい世界なのだがその世界はあまりに作り物めいていた。
そう見せようとしているんだろうな。誘拐犯マーク・ハミルが監禁中のジェームズさんを「防波堤」と呼ばれるうつくしい箱庭空間に連れて行く場面で、ジェームズさんが核戦争で文明の崩壊した(?)うつくしい地球として眺める風景が「ブリグズビー」同様にチープな作り物であることを冷徹なカメラワークが即暴露(窃視的に切り取られる奇妙な食事シーンなんかもそうだ)
うつくしい空想世界の裏側にべったりこびり付いた悲惨なリアルを映画の頭の方であっさり見せておいて解放後はむしろリアルな視点が退いてご都合主義的美談に。音楽もなんか染みる感じになってくる。
なんじゃいこれはと思ったがジェームズさんの目線に寄って描かれているからだろうと把握。比喩的な意味で、監禁中がフルショットなら解放後はクロースアップという視点の変化がある。
こんな場面にはそのへん顕著に表れているように思う。妹に連れられて参加したパーティの場でドラッグでハイになったジェームズさんの童貞を妹の友人が奪ってあげようとする。
ジェームズさん視点から引かないのでその友人の胸中が描かれることはないけれどもジェームズさんは時の人なのだから、察するにスターと一発ヤって武勇伝にしたかったんじゃないだろうか。
しかしジェームズさんにとってのこの人は純粋に気持ちいいことをしてくれるイイ人でしかない。
同じ場で出会うやさしい映画作家志望の青年もそう。この人は異星から飛来した物体Xの如し(部屋に『遊星からの物体X』のポスターが貼ってある)ジェームズさんの唯一の友人になってあげて「ブリグズビー」の新作制作にも無報酬で協力してくれる超イイ人だったが、ジェームズさんから譲り受けた「ブリグズビー」のテープを無許可でYouTubeにアップして超アクセスを稼いだりもする。
この特異な誘拐監禁事件がどのようなものであったかという事は解放後の報道陣の多さからすればアメリカ中に知れ渡っていたはずなのであるから、こいつで一つ有名になって業界に入ってしまおう的な、なんなら『ブリグズビー」の新作が完成したらサンダンスに出品してしまおう的な(それは一大センセーションを巻き起こすはずである)、おそらくそのような打算も友人さんにはあったんじゃないだろうかと思える。
これらリアルな世界の残酷は画面の端々からは微かに窺えるけれども前景化することはついぞないし、モノホンの両親もジョームズさんを守るためにそのリアルな世界を必死で隠そうとするのだった。
監禁犯マーク・ハミルが外の世界は空気中に毒が云々とジェームズさんに信じ込ませてチープな口実だとしても世界の毒から守るために彼を部屋に閉じ込めていたことを思えば、両親と監禁犯は反対方向を向きながら同一地点に立ってしまっているわけである。
そんな辛辣な。でもじっさい辛辣シーンの連発だったのでそれも前半はジェームズさんとリアル世界のギャップに笑えたが、ジェームズさんの気付きに歩調を合わせてリアル世界の全体像がうっすらと透けてくる後半はわりと笑えない社会派映画みたいになったよな。
例のYouTube動画を見たアホがスーパーで買い物中のジェームズさん&ママに「ブリグズビーの人だろ! マジかよ!」みたいに話しかけてくる場面とかウッが一段上がってウワッですよ。
いやぁつらいつらい。ニコ動なんかで創価学会MADというのは常に人気があるわけですが、たとえばその素材として長年使われ続けている宣伝映像に出てくる無名の俳優がある日とつぜんニコ動で見たわ! とかスーパーで言われてるの目撃しちゃったらウワッてなるよね。
それはなんかたとえがすこしおかしい気もしたのでもっと適切なたとえを探すと曽我ひとみさんが買い物中に「拉致された人でしょ! ワイドショーで見たわ!」って話しかけられるようなもんでしょうこれは。ほっといてくれって感じだよな。
ウワッなシーンと言えば「ブリグズビー」新作のためにジェームズさんが長年のメインキャストだった女性を訪ねるところもウワッ度が強く瞬間的にウワァッまで上がる。
その正体がしがないウェイトレスだったからではなくて、しがないウェイトレスが小銭稼ぎのために意図せずとも数十年にも及ぶ監禁に関与していたことをその被害者本人に突きつけられるからウワァッ!
ジェームズさんの監禁ライフは本人にとって幸色だったので彼女を断罪する気はゼロであるし単に「ブリグズビー」の新作オファーをかけに来ただけだったが、逆にそのほうがジェームズさんの監禁生活の長さと自らの罪の深さを感じさせて、ウェイトレスとしては大いにメンタルがヘラったんじゃないだろうか。
そうするとジェームズさんもまた無意識的にあっちでこっちで人のメンタルを切りつけまくっているわけである。世界の残酷に気付けないジェームズさんは自分の残酷にも気付くことができないのだ。
そういうところがある。表面的なうつくしさとやさしさの裏にそういう容赦無さがある。「ブリグズビー」新作の完成&プレミア上映(これも家族友人が精神科医との相談の上で治療の一環として作り上げた虚構なんだろう)と、うつくしいやさしい虚構の世界を象徴する心の中のブリグズビーくんとのお別れが映画のラストシーンというわけで、ハッピーエンドのようだがここから今まで見えていなかった世界のリアルと残酷と、失われた時間がワッとジェイムズさんに押し寄せてくるんだろうと思えばボロクソ苦い映画であった。苦いけれども爽やかだけれども。
あとあれですね小ネタ的なところで言うとマーク・ハミルに洗脳された青年が『スター・トレック』マニアの青年と一緒にへっぽこSFビデオを撮るっていうの泣けるところだな。トレッキーとウォーザーの戦争の火種にならなければいいですが。
監禁犯がなんで犯行に走ったかというのは徹頭徹尾リアルの隠された作りであるからよくわかりませんが、なんかジェイムズさんに懸賞金が出るタイプの? かどうかは知らないが難しい数学問題を解かせようとしていたらしい。
そういうわけで冒頭に流れる「ブリグズビー・ベア」でも話の内容とはまったく無関係に突如として例のしがないウェイトレスが数式の解説を始めたりして、これがまたよくできたヘッポコなので声を上げて笑いましたが目的を知ると笑い凍るよ。凍る。
それにしてもなんで数学問題を解くことと児童誘拐&監禁が繋がったんだろう。そんな回りくどい…まぁそのへんまだ明らかになっていない世界のリアルということで、そのうちジェイムズさんも知ることになるんだろう。
少なくともジェイムズさんは監禁されたと思った精神科の病棟で出会うのが盲目の人というのも意味深であるが、あれはきっと閉じ込められた場所からジェイムズさんが自分の意志で脱出したくなるよう誘導する役割の、サイコドラマ的治療のための役者だったんだろうな(でなければあんな簡単に脱出できるわけがない)
それもまたのちのちジェイムズさんは知ることになるのだろうがいやこれ続編的完結編必要じゃない!? まぁそう思ったらジェイムズさんみたいに自分で続編を作ってしまえばいいのである。
【ママー!これ買ってー!】
こんなタイトルで誰が借りるか知らないが『ギャラクシー・クエスト』の低予算モキュメンタリー版みたいな70s子ども向けヘッポコSFドラマ題材もので、題材がヘッポコなら映画もヘッポコなのであんまおもしろくないが、ジョン・ウォーターズが推薦コメントを寄せているのがちょっとおもしろい。
ヘッポコと誘拐と洗脳とインディーズ精神とかウォーターズの大好物なんだから『ブリグズビー・ベア』もお気に入りそうなものですが、去年のベスト10には入っていないんだな意外とこれが。
↓その他のヤツ