『北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ』雑感(ネタバレ含)

《推定睡眠時間:15分》

映画の最後に「撮影班は某ドイツのインダストリアル・メタル・バンドのインタビューも撮影したがメンバーに刑事罰が科されたため該当シーンはやむなくカットされた」みたいなテロップが出る。
スロベニアのポップな哲学者スラヴォイ・ジジェクがライバッハのネオ・ファシスト風パフォーマンスを好意的に評するのとだいたい同じ文脈で彼らを褒めていたりもするのでこれは、おそらくライバッハから多分に影響を受けたっぽいラムシュタインのことだろう。

北朝鮮の祝賀コンサート的なやつに呼ばれて俺たちにぴったりの舞台じゃんとよろこぶライバとサポートスタッフたちであったがぴったりのはずの愛国的パフォーマンス・プランはハンマービートでも砕けない鉄壁の官僚機構バリアーに激突してあっさり粉砕。
せっかく頑張って北朝鮮のプロパガンダ映画を取り込んだバックスクリーン映像作ったりハングル勉強して直接民衆に声を届けようとしたりド定番の愛国歌「行こう白頭山へ」の感動的なカバーを作ったりしたのに。

でも手を抜いたとかってんじゃなく半分ぐらいはやっぱり、ライバ側もたぶんそうなるだろうなって思ってやってたんだろうな。それ自体をパフォーマンスとするしたたかな意図。カメラ入ってるしね。
そのカメラが映し出すパフォーマンス骨抜き過程が明らかにするのはこれら諸々は反体制的なものに対する規制ではなくて、そうではなくて、標準的パフォーマンスから外れたパフォーマンスは、それがたとえ愛国的なものであっても大衆にどのような影響を与えるか予測できないという一点で検閲と弾圧の対象になるということだ。

象徴的なのは例の「行こう白頭山へ」カバーで、感動的なと書きましたが少しの皮肉もなく本当にストレートにこころに染み入る叙情的なカバーなんですが、オリジナルはどうかというとアップテンポの軽い曲調で感動を催すようなところは全然ない。
会心のカバーが結局はセットリストから外されてライバも落胆したかもしれないが外されたら外されたでいかにあのカバーが「行こう白頭山へ」の本質を、その無意味に覆われたプロパガンダ性を露呈するものだったかということの証左になるのだからバンドの批評的パフォーマンスとしては外してないわけだ。

たいへん多角的な批評の映画だとおもった。北朝鮮のステレオタイプを鵜呑みにする欧米メディアの風刺、プロパガンダ芸術の意図された凡庸さの提示、裁くものが誰であれ「悪いもの」だから検閲されるというイメージの批判、その検閲はトップダウン式にひとつの意志に基づいて行われる場合もないわけでもないとしても日常的には制度と忖度の間で行われ、そしてラムシュタインのインタビューをカットせざるを得なかったように民主主義社会でも日常的になされているのだ、という攻撃。

音楽ではなくて映画ですがそのへん、参考になりそうなものがあったので、引用して終。あとライバッハの音楽は初めて聴いたのですが意外とハードではなくポップ寄りニューウェーブ音楽でした。
最後にちょっとだけあるライブシーン、特定の思想とか国とかにおもねるわけでなく万人の解放を呼びかけるものでこれまたこころが動かされるがよく検閲通ったな。まぁ、特定の思想とか国とかにおもねらないからこそ通ったんでしょうが。

ナチ「映画」なるものが、芸術の政治化という現代大衆文化の徴候的な現象として、時代に大きな傷跡を刻印したという認識が一般化したために、あたかもナチ「時代」の映画がこうした映画一色であるかのような印象を与えてきた。
実際にはナチ時代に制作された映画一一五〇本の中、純然たるプロパガンダ映画はせいぜい五パーセント程度で、上述のような映画は、当時制作された映画の中ではむしろ例外に属する。
その理由は第一に、ナチ時代といえどもドイツ人一般が劇映画に求めたのは、本質的に娯楽であって、ゲルマン的に理想化した英雄像にドイツ人を縛りつけたナチの映画政策も、『永遠のユダヤ人』などという反吐の出そうな反ユダヤ映画など、誰も見に来ないという事実を無視することはできなかったからである。
平井正『20世紀の権力とメディア』(雄山閣)-P.120

【ママー!これ買ってー!】


スロベニア特急

なんの場面だか忘れましたがバンドのマネージャー的な人がこれじゃまるでクラフトワークさだなぁとかなんとか言っており、また別の場面ではバックスクリーン映像の作り直しを要求されたサポートメンバーがだったらもう音符の画だけにするわみたいな感じでちょい切れしていたと思うが(※北朝鮮側スタッフの台詞だったかもしれない)、音符だけのバックスクリーン映像といえばクラフトワークの3-Dライブを観に行ったら「ミュージック・ノン・ストップ」の映像がまさに音符だけだったのでライバッハによるカバーも入ったスロヴェニアのアーティストのクラフトワーク・カバー・オムニバスを貼っておきますなにその強引!

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