すばらし児童映画『悲しみに、こんにちは』の感想(ネタバレ多少ある)

《推定睡眠時間:7分(トイレ)》

痛みに気付いてから数十分は我慢していたがさすがにもう限界だ、このままでは漏らしてしまう。これは良い映画だ。良い映画ならせめてラストシーンだけは見たい。肉を切らせて骨を断つ。ウンコ流してラスト見る。
そういうつもりで脱兎の如くと言いたいところではあるが実際には走ると液状ウンコが垂れてきてしまうぐらい事態は切迫していたので忍のような姿勢でもって走らず焦らずしかし心中ではめっちゃ焦りつつ心臓は早鐘を打ちつつ滑り込みで個室を確保。パンツに付着することはなかったが脱ぎながらちょっと出てしまったのでギリだったと思う。勝った。俺は勝った。

だが場内に戻ろうとするとそこに他の客の姿はない。こんなことがあるのかと思うが僅か数分のウン中に映画がエンドロールも含めて終わってしまったのだ。逆に難しくないかそのタイミングでのトイレ離脱。
そういう次第であるからこの映画のエンディングを俺は知らない。最後に見たシーンは主人公の少女フリダちゃん6歳がベッドの上で年下の従姉妹と一緒に伯父にこちょこちょーっとやられて笑っているところで、それは些細な、しかし幸福な光景であったから、あの後になにが描かれたのか知らないがもうあれ俺専用のラストシーンでいいわって感じではある。『SUMMER 1993』の英語題が感傷的に物語るノスタルジアと一抹の悲劇性がそんな気にさせる。

お話。6歳キッズの視点で語られる物語だからわりとぼやっとしているがエイズで母親を失いHIV母子感染のフリダちゃんが田舎暮らしの伯父夫妻に引き取られた。
バルセロナでの都会生活に慣れきったスノッブ女児のフリダちゃんであるから野菜なんか庭で作ってるような田舎生活はもう我慢ならない。同居することになった年下の従姉妹はとんまな田舎女児としか思えないし、クールでシャレオツだった死んだ母親と違って伯母ときたら気丈で快活で頼りがいはあるがイモっぽい冴えない感じの人である。

やってられっかいこんな生活。しかし6歳ともなれば立派な大人であるから仕方なく伯父夫婦に合わせてやる。はいはい、楽しい楽しい。ママと過ごしたバルセロナの生活はこんなものじゃないけどね。飲みなさいと言われた牛乳ガシャン。
以上フリダちゃんの心の声は全て俺が幼児返りして妄想代弁(大便だけに!)したものですが概ねそんな感じで6歳なりに新生活に適応しようと試みるがやっぱりうまく適応できずどうしていいかわからんフリダちゃん、と、エイズ/HIVの理解も予防も治療法も大きく前進した今と違ってまだ手探り感ありありの1993年の夏、抱え込んだからにはなんとか幸せにしてやろうと表面上はなんでもない風を装いつつ水面下では葛藤しまくり神経尖らせまくりな伯父夫婦おもに伯母。

絶対泣くやつじゃんいかんじゃんそんなのと思うがそこらへんアメリカ映画みたいに大仰でしみったれた方向に作劇が向かないので清涼感とそしてときおり緊張感あふれる愉快な児童映画として…いやでもそれが逆に泣けるなこれは。いかんよ本当、こんなの。

その1993年になんでもなくあろうとすることの映画的な、と同時に物語の中でのフリダちゃんや周りの人々の努力というのが要するに全力で染みる。
たとえばほらあそことかすげぇいいんです、急激に生活変わったんでフリダちゃんわりとずっと不機嫌で、それでその矛先はやっぱお母さんが好きだったから伯母に向かうわけ。(自分の)髪型が気持ち悪いって言うから伯母がクシを渡してやるとわざと目の前で放り投げたりする。
そういう毎日だもんだからある時つい伯母もブチっときちゃう。ブチっときちゃうんですけどでもそんなことしてもしょうがねぇじゃんてなって、んでアイス買ってやるわけです。

いくらマセてるっつってもそこは6歳児だからアイス買ってもらったら素直に喜んで口元ぐっちゃぐちゃにして食う。その顔見てたら伯母もなんか嬉しくなってきちゃった。で、一本ちょうだいっつって食いかけのアイスを頬張る。
その瞬間「ウッ!」って吐き出しそうになるんですよ、伯母。でもフリダちゃんはなんで伯母がそんな反応を示したのか分からないから面白くて笑っちゃう。それに釣られて伯母も笑うっていう…こんなチート性能の場面があっていいのかと思うよね。いやいいんですけど。あってくれてありがとうなんですけど。いやぁ、参るな。

このクシを投げられた伯母の役者さんはブルーナ・クシという人だそうでそれはもうたいへん素晴らしかったのですけれども、やはり恐るべきはクシを投げたフリダちゃんことライア・アルティガスで、実年齢は6歳よりもう少し上かもしれないがだとしてもアンダー10歳の出す顔かよそれが、の連続。
クシを投げるシーンとかですね投げるときはすげぇふくれっ面なんですよ。でも投げて、投げたクシを伯母が取りに行っているうちにみるみる表情が曇ってくるんです、怒られるなぁ怒られるなぁって感じで。そんなことするつもりじゃなかったのにって感じで。このキッズ感情の機微!

ママゴトをせがむ従姉妹にしぶしぶ付き合って(亡くなった)母親を演じるときの巧さとか口から泡出るよ、泡。完全にわかってるわけですよこの人は。
従姉妹はレストラン店員をご所望だからマドリードの高級店みたいな設定のママゴトになるんですけど、それが催すほのぼのとした笑いと表裏一体の切なさっていうの完璧にモノにしている感じで…ちょっとこのシナリオの理解力とキャラクターの表現力はただごとではないと思ったな。

ふたりの大女優の演技バトルの背景を為すカタルーニャ片田舎の生命力溢れる荒々しい森林風景がまたうつくしく。ストーリーが張り詰めてきたところでひょいと顔を出すこちらは天然系の従姉妹パウラ・ロブレスはかわいらしく。フリダちゃんの最大の理解者である親戚の小さいおばさんはやさしく。
妥協のないリアリズムの映画ですけどそういった主役ふたりを取り巻く人や環境が『ミツバチのささやき』的なちょっとした幻想味を与えているようでいやもう、喜怒哀楽全部ガッコンガッコン揺れたから最悪のタイミングでウンコしちゃったけどただただ感銘を受けるばかり。

素晴らしいの一言。全然一言で感想が終わってないところが素晴らしいの一言の所以だとそこは逆説的にポジティブに解釈するように。

【ママー!これ買ってー!】


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スペイン語圏の子供役者の達者さってあれ一体なんなんすかね。

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2 Comments
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さるこ
さるこ
2018年9月20日 5:53 PM

な、なんと!ラストをご覧になっていない!おお、いかん…それはいかん…

こんにちは。
フリダのリアリティと光彩豊かな田舎のきらめきが醸す、それでも世界は変わらない感に、泣きそうになりました。大人達の態度も、過剰でなくて良かったな。

アナ、っていったらやはりスペインのあの名画ですね