女優メルヘン怪談『累 ーかさねー』の感想(ネタバレ若干注意)

《推定睡眠時間:15分》

顔を入れ替えてステージに立つ舞台女優のお話で、土屋太鳳と芳根京子は顔の作りが近いわけではないと思うのですがメイクなんかで雰囲気を近づけてるのかそれとも俺の女性経験の無さに起因しているのか知らないが前者であって欲しいが後者もかなりありそうな感じではあるが、冒頭から既にどっちがどっちだか見分けがつかない。

顔に大きな傷があっていつも塞ぎ込んでいるのが芳根京子の淵累(ふち・かさね)、顔に傷がなくて傲岸不遜なのが土屋太鳳の丹沢ニナ…らしい。
らしいというのは最初からどっちがどっちだかわからないのに顔チェンジを繰り返しているうちに段々とふたりの人格が混ざり合っていってしまうので、今すげぇ俺様発言的なやつをしてるのは丹沢ニナなのか淵累なのかという話になる。

だいたい途中まで顔チェンジのシステムがよくわからんまま見てましたからね。塗ってキスするとキスした相手と12時間だけ顔が入れ替わる魔法の口紅というのがあって、淵累は亡くなったスーパースタァ女優の母親・淵透世(ふち・すけよ。変な名前だなぁと思うたらオリジナル民話版「累ヶ淵」に出てくる母娘が助と累というらしい)からこれを貰ったんですが、先に書きましたが顔の見分けがつかない土屋太鳳と芳根京子なので顔はそのままに傷だけ入れ替わるのかと思っており…この誤解は一応すぐ解けたがとにかく、とにかく微妙な顔チェンジ。

そういう次第であるから物語の終わりのほう、二人の確執と相反する同化がピークに達したときに勃発する「バカめ! お前の持っているそれは偽物だ!」「なにぃ! …ふふふ、バカはお前だ、こっちこそ入れ替えておいた本物の本物さ!」「なんだとぉ! …はっはっは、甘いな実はこれこそが本物の本物の本物の…」みたいな感じ(※会話はイメージです)の茶番的出し抜き合戦になると出し抜きトリックのスーパー地味さも相まって二人が一体何をやっているのかもわからないし二人のどっちがどっちなのかも完全判別不能になってしまった。

怪談だ。その判然としないところがたいへんよい怪談だ。俺はこれは『ファントム・スレッド』系なのではないかとおもう。累、偉大なるお母さんの幻影をちょいちょい目にするんですよ。『ファントム・スレッド』もそうだったでしょ(だから俺はあれは幽霊映画なのだとおもっているのだ)

で、そのお母さんの幻影を累は土屋太鳳のときも芳根京子のときも見るからあぁもうわからないですね、なんかもうよくわかりませんが顔の美醜に取り憑かれた世代も住む世界も違う女のひと三人、土屋太鳳のニナと芳根京子の累と檀れいの透世が芝居、見栄、憎悪、栄光、嫉妬、ステージ、映画…の中で渾然一体となって一人の偶像的「女優」が生まれる瞬間の鳥肌ぞわぁに、うーん、怪談! という感じなったのでした。こわい。

いやぁおもしろい映画だったなぁ。これやっぱ俳優のアンサンブルっすよ。物語の中では丹沢ニナが顔が良いだけで性格も演技も最悪の大根女優的な設定じゃないすか。それと反対に累は世を疎んで隠遁生活を送っているが実は大女優の娘だし演技の才能すごいみたいな設定で。

でもその二人を演じる女優さんの性質はむしろ逆じゃんて感じで、土屋太鳳はすごい芸幅の広い演技派の人だと思いますけど見た目にオーラがあるタイプじゃないじゃないですか。見た目わりと普通なんだけど演技でオーラ出してくる的な。
それで芳根京子は映画の最初の方の塞ぎ込んだ累の眼差しというのがすごい良かったりして、そこにぼーっと立ってるだけでちょっと独特の浮遊感を帯びたりする、演技っていうか存在感で魅せるタイプの人だよなって思ってて。

その二人をそれぞれ俳優タイプ的に反対のニナと累にアテるっていう配役の妙、効いてるなぁって思いましたよ。
だってそうすると物語的には書割女優のニナが実物女優の累に顔もアイデンティティも乗っ取られていくっていう展開を辿るわけですけど、映像的には逆に土屋太鳳が芳根京子を喰っていくっていう感じになりますからね。

いやもう圧巻よ。圧巻は贔屓目が入り過ぎているとおもうが新作女子高生映画を観に行くと高確率で土屋太鳳が出まくっているので刷り込み的ブレインウォッシュされているのだとおもうがいやそもそもなんで女子高生映画を観に行くんだという気もするがそれは関係ないから置いておくとして、ニナ初登場時に土屋太鳳がステージ上で見せるなんじゃこりゃあな大根芝居&大高慢かーらーの累が入ってのオドオドと真剣芝居のスイッチング、そこから噛ませイキリ演出家の横山裕(滲み出る小物感がすげぇ)とニナ川幸雄的な鬼演出家の村井國夫(これもナイス配役よねぇ)を踏み台にしての女優開眼の演技グラデーションの素晴らしさ。

そうして演技的に喰われれば喰われるほど鈍い輝きを増していく芳根京子の凶暴を秘めた存在感ですよ、それでそこに影のようにつきまとうゴースト檀れいの魅惑とメフィストフェレスの如し浅野忠信の邪悪ですよ。
誰も彼も良い意味で白々しい演技っぷりなのですがその白々しさがこういう映画であるから、誰もが嘘をついて自分を演じる世界のお話であるからハマっているし、白々しさの後ろに隠れた本音が一瞬だけ透けて見える場面が艶っぽくてよいというところもある。

たとえば、土砂降りの雨の中で一人沈み込んだ累/芳根京子がその雨音に万雷の拍手の遠いこだまを聞き偉大なる母の背中を幻視し…とか。
実にゾゾっとさせられた場面で、そんなに湿った映画というわけではないのですが隙を見ては飛び出す映像の情感というのも俺はたいへん好んだ。

そっちの分野はぜんぜんまったく入ったことがないので知りませんがオスカー・ワイルドの『サロメ』とビアズリーの挿絵の引用、構造がよくわからん騙し絵的な舞台美術に真実の顔を映し出すかもしれないし映し出さないかもしれない鏡の多用、これは毒を暗示するコップ水やペットボトル水の小道具と合わせて『白雪姫』か、顔チェンジ12時間縛りは『シンデレラ』か、と賑やかな道具立て。

なんだか場面場面でコロコロと印象を変える万華鏡のような映像世界の観。いいですね。いいっすよ。またいつもの泣き推し漫画原作もの映画かと思いきやメルヘン風味もありつつの真剣女優VSもの怪談って感じでたいへん見応えあってよかったです。真剣は真景累ヶ淵とのダジャレです(言う)

※2018/9/22 多少書き足しました

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