《推定睡眠時間:20分》
いやもう何年ぶりかと思いますよセガール映画を劇場で観たの。お膝元の銀座シネパトスとかなくなっちゃってDVDはコンスタントにリリースされるが劇場公開は全然されなく…と思ってフィルモグラフィー眺めてたら2016年の劇場公開作『沈黙のアフガン』観に行ってたしなんならその感想ここで書いてた。
完璧に忘れてた。そうでした見事に観たことを忘れるような出来映えでした。もはや椅子に座ったまま立ちもしなかったセガールの省エネ芝居ここに極まれりみたいな壮絶な映画だった。セガールの自前なのか現場の経済的理由(大体セガールが製作か製作総指揮も兼任しているのが最近のセガール映画だ)なのか兵隊衣装を他のセガール映画でも使い回してるっぽい過酷な映画だった。
結構覚えている。でもそれ全部覚えなくていいやつだし思い出さなくてもいいやつだと思う。
比較対象が酷いが『沈黙のアフガン』に比べると『沈黙の達人』はさすが達人と邦題オンリーで銘打たれているだけあって達人的面白さだった。
『沈黙のアフガン』からフィルムを流用した疑惑もある戦場でのトラウマ経験により安易に仏教に目覚め、数年か数十年後には何故かカンフーの達人兼オーラ整体の名医としてタイの貧村で崇められている白人酋長セガール。
そこにセガールの弟弟子を名乗るリアル達人ルイス・ファンがやってくる。「師匠はあなたにだけ秘伝の技を伝えた。何故ですか」「それは私の方が君より優れているからじゃないかな」「わっはっは」逆に腹も立たないすごい会話が適当になされた後、定番のカンフー稽古へ。
両手剣を構えるルイス・ファンを前にして、セガールは棍を手に取りくるりとカメラに背を向ける。出た! もはや名人芸の域に達したこの流暢なダブルチェンジ演出!
ルイス・ファン相手に(現在の)セガールごときが勝てるはずもないがセガールのスタントチームはちゃんとルイス・ファンと互角に渡り合ってました。自分は前にしゃしゃり出ないで若手に見せ場を与えてやるセガールは偉大だなぁ。
それから本筋とは全然関係ない、勘違いから絡んできた男をオーバーキルでボッコボコにして許しと弟子入りを乞われたら袋いっぱいの羽毛を山の上からばらまいて一週間後に全て回収しろとかいう無理難題を押しつけつつセガールは男の妻の肩を抱いて去って行く(なんでだよ)などのヨイショ的セガールすごいエピソードをいくつか挟み、映画は冒頭に出てきたセガール率いる特殊部隊+ルイス・ファン+おまけでセガールが悪党ビルに殴り込みをかける展開に。
なかなか見せ場が満載で楽しいし、だいたい漢服に身を包んだセガールが胡散臭すぎるのでそこだけで元は取れたなと思ったがセガール映画に何を求めているんだそれは。
絡んできたゴロツキ風情の妻に物語的にも達人キャラ的にも一切不要なスキンシップを取るあたりはさすが昨今のMeToo運動より遙か以前に秘書から性行為の強要で訴えられた経歴を持つセクハラ俳優の先駆者セガールであるが、曲がりなりにも達人のくせにとにかく女が絡まないと何もしないので夢枕にファンタスティックなもやもやエフェクトを身に纏った裸の女が現れ啓示。「ギャング組織に攫われた少女を助けるのです…」
こうして物語は例の悪党ビル決戦に向かうのであったがサイズを二回りぐらい間違った天蓋ベッドに身を縮こまらせたセガールが特に意味もなく裸の女を幻視して年甲斐もなく口あんぐり開けるの素晴らしくないですか。俺は素晴らしいと思う。漢服で元を取ったのにこれで同じくらい元が取れたから実質鑑賞料金を払うどころか貰ったようなものです。
ちなみにセガールの目には冒頭の戦場トラウマに起因する幻影と映ったその裸女の正体はセガールのオーラ整体院で助手を務める若い女だったのでセガールはきっちり抱く。
自分を慕う年下の女を「向こうが望んだから」のエクスキューズを付けてとりあえず抱くというのは近年のセガール映画の定番であった。クオリティ的にもシネコンには絶対にかけられないが内容的にも大々的に公開されると非難の嵐っぽいので今後もセガール映画はあくまでひっそり公開してほしいとおもう。
さて悪党ビルの最終決戦はチーム・セガールのブルータルな銃撃戦、ルイス・ファンの達人カンフー・バトル、そして中原昌也を戦闘形態に変身させたような悪党ビルのボスとセガールの決闘を同時進行で見せていくもので、規模こそ小さいが傑作『沈黙の鉄拳』を思わせる群像アクションとしてなかなかの見物。
中原昌也を戦闘形態に変身させたような悪党ビルのボス、というのは実はドニー・イェンのアクションチームの主要メンバーで、ルイス・ファンとも何度か一緒に仕事をしたことのあるユー・カン。
これは眼福。ルイス・ファンとユー・カンとセガールが同じシークエンスに同居して各々がその技を披露する映画なんて中々ないですよ。
それセガールはむしろ邪魔なんじゃないかという説もあるが、たぶん楽だからみたいな理由で近作では熊みたいな大ぶりアクションに格闘スタイルを変えていたセガールも今回は手数の多いお馴染みのセガールスタイルに回帰してましたからね、スタントダブルが。見応えあったよ。
せっかく出てくれたユー・カンを大した見せ場も与えないまま一方的に殺した後、場面は変わってカンフー・マスターの集い。
「世界は混沌としているが、まだカンフーがある。我々の使命はカンフーを受け継いでいくことだ…」みたいなセガール説法にお前がカンフーの何を知ってるんだよ的なツッコミを(特にその場に居合わせたルイス・ファンは)必死に堪えつつエンドロールに入ると今度は悪党ビルのステージでゴキゲンに歌とギターを披露するセガール! 厚顔無恥にも程があるだろ(その歌に合わせてゴキゲンに踊るルイス・ファンめちゃくちゃ良いやつである)
昭和の映画スタァ的に結構前からブルースのアルバム出したりしてるセガールだから濃いファンはこれ喜ぶんだろうか。まぁ豪華俳優の特別出演映像付きディナーショウと思えば1300円の料金はむしろ安いのかもしれない。ディナー付いてませんが。
【ママー!これ買ってー!】
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いわゆる「沈黙の養鶏場」事件、ロシア国籍取得事件、重婚事件、ビットコイイン大使就任事件などプライベートでは沈黙知らずのセガールだったが映画の中では存在が沈黙してしまうのだった…。