《推定睡眠時間:0分》
のっけから石川忠のドンドコサウンドでよし来たこれ! テンション上がりましたよね刀を抜く時のシャンッていう効果音でリズム取っちゃったりしてね。
ドンドコサウンドにめらめら浮かび上がる刀の鍛冶風景。ジュウゥ! カンカン! バシャァ! ゴォォォォ…インダストリアル! インダストリアル!
インダストリアルです。そして刀は凶器であった。出来上がった刀の艶めかしいギラつきを舐めるようにカメラに収めていく変態目線、撮影やっぱり塚本晋也。
凶器だ、凶器に欲情しておる。この男は凶器に萌えている! という意味で誰かが言ったまんまやんけ的な“時代劇版『鉄男』”の評はまったくそのまんまその通りだよなと思うのであった。
『野火』の次に『斬、』を撮るというのはたぶんきっと恐らく想像で察するに故なきことではないのであって銃の前には刀があるし刀の後には銃が来るのだ。
その点と点はインダストリアルの高揚と凶器への欲情の二重らせんでがっぷりと繋がっているし、その線を先へ先へと伸していくと『鉄男Ⅱ』の鉄男戦車による東京大破壊に達するに違いない。
2001年刊のホラーエッセイ集『クライブ・バーカーのホラー大全』(スティーヴン・ ジョーンズと共著)に当時の塚本晋也の発言が引用されていた。家にないので不正確だが確か、「一度鉄に浸食されたら、人間はもう後戻りできない」。
鉄にフェチした塚本晋也は鉄のエロティシズムから逃れることができないのだった。その変態性が刀の魔に憑かれた人間どもの悲劇的な宿命として『斬、』には深く刻まれている。と、おもう。
池松壮亮は剣の達人だが過去になにかあったのか争いお嫌い、真剣勝負なんてもってのほか。
農作業で日銭を稼ぐ傍ら農村の若者・前田隆成に剣術を仕込んだりしているがせいぜい戯れかスポーツの範疇。
労働と遊戯を繰り返す原初的な生活。大自然のエナジィを全身で享受する観照の日々。前田隆成の姉・蒼井優とはプラトニックに相思相愛で、あぁ平和だなぁ。平和平和。平和…。
だがそこに、剣客・塚本晋也が現れる。真剣勝負だ…真剣勝負だ…村民たちの不穏な囁き。木々の間からチラ見えする塚本晋也は真剣勝負の真っ最中。
その動き、相手が一歩進むと塚本は一歩引く。塚本が一歩進むと相手は一歩引く。なんかゆったりした社交ダンスみたいである。刀なんか振りやしない。
要するにエロい。鉄に淫する人種にとってふたり見つめ合って剣先を差し向けるなんてもう性器の見せっこも同然だ。そこまでは言わなくとも確実にペッティングには達している。
殺陣はセックス。セックスは殺陣。『徳川セックス禁止令』もかくやのチン説エロ時代劇である、『斬、』。
そのセックス的真剣勝負を木々に隠れて覗き見していた前田隆成は初めての体験にたいそう興奮してしまう。
『鉄男Ⅱ』には田口トモロヲと塚本晋也の鉄男兄弟が幼少期に両親の営みを覗き見する場面があったが、絵面的にはあれと同じ。
鉄男兄弟の両親は拳銃の実銃を入れたり咥えたりな命懸けのハードSM的セックスにハマる変態であった。
斬ってみたい。前田隆成の殺陣欲が鎌首をもっこりと勃ててくる。平静を装う池松壮亮も心中穏やかではないらしくとりあえず野獣のような自慰行為でポコ先を鎮めたりする。
斬を求める二人の発情フェロモンを嗅ぎつけたのか塚本は彼らをリクルート、なんか今京都が騒がしいことになってるから一緒に京都行って斬りませんか大義のために、とか言う。
おぉ、幕末ものか! 塚本映画なのにスケールでかいな! でもそんな予算はないので(やっぱり…)京都に行くどころか行こうかなぁやめよっかなぁって池松壮亮が悶々としているうちに村で別の問題が持ち上がって結局それどころではなくなってしまう。
中村達也を頭目とする無頼の群れが流れ着いたのだ。なんかもう明らかに危険な感じである。アナーキーな空気が村に漂い始める。壊してしまえよ。犯してしまえよ。斬ってしまえよ…したいんだろ?
なにか深いものがその奥にあるかもしれなさそうな“なぜ人は人を斬るのか”のジブリ映画風問いかけキャッチコピーは冷酷にもこうしてパチコンと答えが出てしまうのだった。だって人を斬ったら気持ちがいい。身も蓋もない感じである。
これが『鉄男Ⅱ』だったらそのまま斬の快楽に身を委ねて剣鬼と化した池松壮亮と塚本晋也が辻斬りを繰り返しながら京都に向かっていったかもしれないが、『野火』を撮った後の塚本映画なのでそんな無責任なことにはなってくれない。
っていうか方向的にはわりと逆を向いていた。斬りたいが斬りたいがもし斬ったらもしも斬ったらきっと刀と、鉄と一体化してしまって、もう後戻りはできない。
蒼井優と穏やかに暮らしたい池松壮亮は斬欲と平穏の間で引き裂かれていくが厄介なのは斬欲と性欲が分かちがたく結びついてしまっていることで、じゃあ刀を捨てたらふたりで平和に暮らせるだろうか、というと、蒼井優の方も池松壮亮の放つ斬欲の匂いに密かに惹かれているのであった。斬に狂うのは男だけじゃあないのだ。
辺鄙な農村っていうか集落が鉄と破壊の熱に憑かれてぶっ壊れていく80分、エロくてキレててドライブ感あっておもしろかった。裸はないし殺陣もそんなにないですけどそこは勢いで誤魔化す(誤魔化された)
【ママー!これ買ってー!】
さんざん『鉄男Ⅱ』だ『鉄男Ⅱ』だと言いつつ貼る『東京フィスト』。塚本映画の闘争的恋愛観はこの頃から基本的に変わってないからすごい。