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ドラゴについてだけ書きたい。アドニス・クリードが最後勝つというのがネタバレに当たるとすれば一行目からネタバレですがアドニス勝ちます。ということは挑戦者のドラゴ親子は負ける。
俺はドラゴ父、息子が負けるのを最初から知ってたと思うね。しかしそれでも父ドラゴは息子と共に戦わねばならなかったのだというわけでそこに号泣。
ロッキー史上最強のライバルといえば『ロッキー4/炎の友情』に登場したソ連のボクシング・サイボーグことイワン・ドラゴことドルフ・ラングレン。
和やかムードの親善試合でアドニスの父アポロを殺す空気の読めなさ、能面を顔に貼り付けて受けるソ連のスーパー科学トレーニング、米ソの国旗をあしらったボクシング・グローブが火を噴いて激突するクソみたいなタイトルバック、最後のは関係ないが『ロッキー4/炎の友情』のドルフ/ドラゴ最強伝説っぷりはリアタイ世代ではない俺にも衝撃的だった。
そのドラゴがロッキーとの戦いの中で自我に目覚め、「俺は俺のために戦う!」と叫んで国家に反旗を翻す場面が『ロッキー4/炎の友情』のハイライト。
サイボーグに見えたが色々思うところがあったわけだなドラゴも。もうあそこ大好きで。セコンドの指示に従ってクレバーに戦ってればたぶんドラゴ勝てたんですよ。試合モスクワでやってるから審判もドラゴ寄りなんですよ。国家の威信かかってるしね。
でもドラゴ、造られた勝利と自分を造った国家を捨てて意志を持った一人の人間として戦うことを選んだわけです。で負けちゃう。
1作目の『ロッキー』でロッキーが掴み取った敗北の中の勝利をロッキーと戦う中で、ロッキーとは違う仕方で、ロッキーより過酷な状況で、ドラゴもまた掴んだっていう…なんだかあの80sイケイケムードな『ロッキー4/炎の友情』が感動作に思えてくるな! その面だけを摘み取って檄渋続編にしてんだから『クリード 炎の宿敵』というのは誠に罪深い映画だ…。
いや、それはいいのですが、だから最初は宣伝文句の「守るものがある者VS守るものがない者」みたいのがすげぇ腑に落ちなかったんですよ。で、映画の中で父になったドラゴがロッキーに言う恨み言っていうのもどうもしっくり来ない。
でも最後、父ドラゴが息子ドラゴにタオルを投げた瞬間にそのへんのもやもや一気に晴れて全部一本の線で繋がったよね。
あれ復讐じゃなかったですよやっぱ。ドラゴの発言、ロッキー陣営を焚きつけてただけだったと思いますね。ドラゴの戦いなんてあの人間宣言でとっくに終わってんすよ。
国家の星から裏切り者に転落して名誉回復の機会が与えられないままソ連崩壊、妻には去られ国を追われての底辺暮らしは自分が選んだ道だから構わないが、しかし息子ドラゴには別の道を与えてやりたい。
あるいは、かつて自分が味わった栄光の日々をほんの少しでも息子ドラゴに経験させてやりたい。失ったものを息子ドラゴのために取り戻したい。たとえそれが叶わない夢だと分かっていても諦めるわけにはいかない。
「聴け…」内容的には圧勝だが反則負けに終わってしまったアドニスとのタイトルマッチで世界にその名を轟かせ、モスクワでの再戦に際して巻き起こった息子ドラゴに対する観客の大歓声を前に、父ドラゴは静かに言う。
息子に与えられるものといったらボクシングの技能ぐらいしかない父ドラゴの積年の思いが凝縮された台詞。「俺は俺のために戦う!」の台詞が父ドラゴ自身の戦いに終止符を打ったなら、息子ドラゴことヴィクター・ドラゴのための戦いもまたこの台詞で終わったのだ。
映画はアドニス&ビアンカ夫婦を中心にロッキー親子を絡めつつドラゴ親子を、という感じなのでシナリオ的にはドラゴ親子完全に引き立て役なのだったが(台詞とか二人合わせて一ページ分ぐらいしかないんじゃないか)、ドラゴ親子の映画としか見れないのは個人的な偏愛もあるがドルフ・ラングレンの演技力に依るところが大きい。
もともと筋肉スターらしからぬ演技巧者なラングレンだったが、いよいよ熟してきて黙して語らず場を制圧。かつてのアイドルルックスが信じられないポーリー以下の汚ルックスに個人のみならず国家のドラマまで宿らせるその存在感たるや、です。
トレーニングも含めてアドニスVSヴィクターの戦いは『ロッキー4/炎の友情』を踏まえたものになっているからケレンが利いているとはいえ、今回どちらかと言えば静謐な家族のドラマの色彩が濃いかった。
監督のスティーヴン・ケイプル・Jrが『ロッキー5/最後のドラマ』がロッキー初体験という強者であることと関係するかしないかは不明だが、前作のアッパー体験があるのでこれにはぶっちゃけ戸惑った。
でも結果的にはそれで良かったと思えるのはやっぱドルフ/ドラゴの映画になってたからじゃないですかね。
パンフレットを読んでいたらスタッフ・キャストがやたらアンダードッグ(勝ち目がない人)と口にしていたのですが、今回まさにもうそれで。
なんでイワン“アンダードッグ”ドラゴが勝ち目のない戦いを挑まなければならなかったのかっていうところが琴線をはち切れんばかりに掻き鳴らしたし、そのアンダードッグっぷりが迫真だったし、で、ロッキーがかつてドラゴに「俺は俺のために戦う」ことを拳で伝えたのと反対に、今度はドラゴが誰かのために戦うことを言外にアドニスとロッキーに伝えるというわけで、いやもう実に沁みた。
勝ち負けにこだわらない分だけファイトが今までのシリーズに比べて盛り上がらない感はあるんですが、今回もまーあ良い映画でした。
あとヴィクター・ドラゴ役のフロリアン“ビッグ・ナスティ”ムンテアヌですが、本業者が醸し出すリング上での存在の厚みはもとより、打ちひしがれた子供みたいな演技もとても良かったです。
ドルフと並んで無言でウクライナの街をランニングするシーンの絵面とか最高じゃないすかね。
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ちなみにこれは本気でクソの役にも立たないトリビアなのですがカタツムリ大量地獄でお馴染みなルチオ・フルチ版『フェノミナ』こと『怒霊界エニグマ』に『ロッキー4』のスタローンがポスター出演を果たしており、ポスターを這うカタツムリがスタローンの乳首を攻めている。
↓前作
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初めてのロッキーが4だった自分としてはイワン・ドラゴというキャラクターはロッキーシリーズの中でも特別でもっとも好きだと言ってもいい登場人物であった。
そういうわけなので俺も今作でドラゴがロッキーに対して復讐心を持ち続け私怨ともいえる感情をぶつけてきたことに違和感を禁じえなかったんですが、そうかぁ「聴け…」のセリフは確かにドラゴが単なる復讐目的だったわけではないと論じる根拠になるいいセリフですね。
俺はそこまで頭が回らなくて終劇後に中学生くらいの4人組の男子を見かけたときにやっとドラゴの心情に気付きましたよ。あぁ子供のためだったのかと、かつて俺が『ロッキー4』を観たときのように今の子供は『クリード』を観ているのだと。なるほどこれは子供へ、次の世代へと継承するということがテーマの映画だったのかと、思い返せば第一作目はチャンプを継ぐ男というサブタイトルだった。シリーズとして一貫したテーマだったのですね。それでいくとロッキーは弟子にも恵まれ実子と孫とも雪解けをして何だかんだで一人勝ちな感じだな…。
まぁ父ドラゴの心中はもっと分かりやすく示唆してもいいのではと思わなくもないがそこはやはり言わぬが花なのだろう。いや、ドルフ・ラングレンに刻まれた皺から読み取れということか…。
俺の時も後ろに男子高校生3人組が座ってて「やべ~ボクシングやりて~」とかなんとか昭和感漂うベタ感想を言いながら帰ってったのでちゃあんと10代のハートにもダイレクトにヒットしてるっぽいです。ちなみにそのうちの1人がロシア語圏の留学生かハーフだったらしく、ドラゴ陣営が何言ってるかわかるかと他の男子に訊かれて「わからない。あいつらロシア人じゃない」の返し。これはロッキーを介して様々な垣根を越えるコミュニケーション、ロキュニケーションだと思いましたね。なんとなく良い話です。
継承の物語としての『クリード』、ということを考えると次は『ロッキー5』でロッキーを裏切った弟子の教え子あたりが出てきて欲しいっすねぇ。アポロもドラゴもアドニスもロッキーから何かを受け取った男、立場は違えど皆ロッキー魂の継承者でありますが、『ロッキー5』のあいつはロッキー魂を全否定した男ですからね。そろそろ本気のアンチ・ロッキー派と通過儀礼的に相対する必要があるんじゃないかと思います、アドニスは。