DV超こわいホラー『ジュリアン』感想文(ネタバレなし)

《推定睡眠時間:0分》

めちゃくちゃ怖かったのでジャンルはホラーでいいし邦題は『ドント・ブリーズ』でいいがそういう映画もうあった。
じゃあ『息もできない』にしよう。DV親父が凶暴すぎて見ている俺もあの可哀想な子供ジュリアンくん同様に息もできない感じだった。それも既にあるっつーの(そして『息もできない』もDV男の映画であった)

なにやらグザヴィエ・ドランかダルデンヌ兄弟か(あるいはアンドレイ・ズビャギンツェフ)というヒューマン寄りな宣伝がされているが、俺はそういう映画としてしか見れなかった。
べつにヴェネチア映画祭で立派な賞を貰っているからといってフォーマルに宣伝しなければいけないという法はないし、客の方だって襟元を正して見る必要はない。

こんなもん『ドント・ブリーズ』とか『クワイエット・プレイス』に続く声を出したら死ぬ系ホラー最新作でいいじゃんね。客の視線をDV被害者(巻き込まれた知人隣人含む)のそれと同化させることを目論む作劇はホラー映画そのものなんだから。
で、そのことはまた偉い賞とはあまり縁がない『ドント・ブリーズ』や『クワイエット・プレイス』みたいな純ジャンル映画からも、なにか寓話的に現実を反映するところや社会批判の要素が取り出せないわけではないということを意味するのだ。

客を舐めているのか的な映画ファンの映画宣伝批判というのは普通こういう映画宣伝には集まらないが、俺としては立派な賞を貰ったから立派に観るべし的なこういう売り方にこそ客の感受性や知性をまったく信頼していない姿勢が透けて見えて嫌である。嫌というだけで、べつに止めてほしいわけではないが…。

っていう変なところの愚痴から入るキモさが劇中のDV親父と部分一致。粘着質でどこで怒り出すかわからない。そしてまたどこで怒りが冷めるかわからない。外面はいいが内面は外に出せない不満がぐつぐつである。
いや俺はそこまで酷くないだろうと自己評価するが、とはいえ部分的には俺もそんな風になってしまったのかとなんだかネガティブ方向の感慨である。

俺の父親もそういう気があった。外食行ったりテレビとか見てるとえそこなの? みたいなどうでもいいところにやたらグチグチと文句を言う。
そしてキレやすい。よく怒鳴る。直接的なバイオレンスはあまり記憶にないが、庭をズズーっと引きずられて物置に入れられたことを映画を観ていて思い出した。

俺は父親が怖かった。なにキッカケでそうなったかは思い出せないが小学生の頃にドアを本棚で塞いで自室に閉じこもったことがあり、開けろ! 開けろ! と父親がドアを叩く中、俺は父親が部屋に入ってきたら酷い目に遭うと思って泣きながら何か固めの文房具を武器として構え…そんな記憶を掘り起こしてくれるなよ。

でもこういうの、強さの誇示とかじゃないんだよなぁ。俺の父親も普段は温厚な人でしたしね。酒とゲームと家庭菜園が趣味の。
ようするに子供なんだ。『バイオハザード3』のラスボスの倒し方がわからなくてコントローラーを投げたことがあったが、なにか思い通りに行かなかったり、想定外の出来事に遭遇すると自分がコントロールできなくなってしまう。

それでまた厄介なのがそういうことが良くないっていうのは中途半端に自覚してるから自分の行為に自己嫌悪を覚えるんですよね、こういう人は。
だからなにか適切なところに相談でもできればいいんですけど、そこまでは行かないっていうかその勇気がないから不満が募って余計暴走しやすくなる悪循環がある。

DV映画として『ジュリアン』がすげぇ良いのはその自己嫌悪の瞬間、怒りの冷める瞬間が生々しく映ってたところでしたね。
色々あってジュリアンがDV親父からダッシュで逃げる場面があるんです。で親父も最初はジュリアーン! ってぶち切れながら追うんですけど、途中でふっと追うのをやめる。

俺が部屋に閉じこもって文房具構えてたときもこうでしたよ。結局怖いから本棚どかして父親を部屋に入れるんですけど、扉が開くまではめちゃくちゃキレてたのに扉が開くとほとんど言葉を失ったようになって、お父さんは情けないよとだけ言って何もしないですごすごと部屋を出て行く。

扉を開けてなにかするとか考えているわけではなくて、開くはずの扉が開かないっていう状況にこういう人はキレていて、でそういうDVあるあるをこの映画は実に巧くシナリオに組み込んでると思ったなぁ。それがつまりジャンル映画的なおもしろみであったから。

あとジャンル映画的なおもしろみといえば音響、繊細な音響が素晴らしいかったです。音こえぇんだよ。
環境音を強調した作りになっていて、それがDV親父のシグナルを見逃すまいとしているDV被害者の不安な心理を表現しているようでもあるし、単純にお皿ガシャーンみたいな音がいちいちでかいからびっくりする。

こういうのはドルビーアトモスとか爆音極音とか音設備の整った環境で息を殺して観たくなる、という意味でもやっぱ『ドント・ブリーズ』と『クワイエット・プレイス』に続く声出したら死ぬ系ホラーだ。
超執拗にジュリアンから別居中の母親の居所を聞き出そうとするストーカーDV親父ドゥニ・メノーシェも『シャイニング』のジャック・ニコルソンもかくやのホラーモンスターっぷりであった。

この親父がジュリアンの通信簿をこっそり盗み見て、そこに母親の名はあるのに自分の名がないことを知る場面、なんというかある意味逆『シャイニング』だねぇ。
それでこの人は執着対象をジュリアンから別居中の妻に移すわけだ。映画の中では描かれないが、そんなように執着する対象からの拒絶と執着する対象の変更を何度も繰り返して、そのたびに少しずつ家族との関係が悪化して、いつしかこの親父はホラーモンスターになってしまったんだろう。

孤独で身勝手な子供なのだ。『ドント・ブリーズ』も『息もできない』も既出なら、俺としてはこの映画の邦題に『ある子供』の名を与えたい(だからそれも既にあるんだって)

【ママー!これ買ってー!】


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DVホラーの傑作に思うがDVに至る過程やDV親父の心理描写はミック・ギャリスのTVドラマ版の方が優れているのでそちらも推したい。

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