《推定睡眠時間:20分》
アメリカン・ニューシネマの異端児ロバート・アルトマンの初期映画に『宇宙大征服』というのがあって、製作1968年、内容的には当時絶賛進行中のアポロ計画を題材にしたドキュメンタリー・タッチのドラマなんですが、今アポロ計画の映画といったら『ラ・ラ・ランド』とか『セッション』のデミアン・チャゼルが監督した『ファースト・マン』、『フロントランナー』上映前にもしっかり予告編が流れていた。
その『フロントランナー』は1988年の大統領選、本戦ではなく民主党の筆頭候補(=フロントランナー)だったゲイリー・ハートの党内選挙戦を描いているのですが、あらびっくり冒頭の長回しからして漂うアルトマン臭。
物語の中心的な出来事にはあまり重きをおかず、一つの出来事が様々なグループに波紋を広げていく様子をシニカルに切り取っていくが、その作劇は『ナッシュビル』『ウエディング』などなどアルトマン群像劇に特徴的なものだ。
端正な「画」を求める今風の映画作りに抗うように手持ちカメラのパンニングと緩いズームイン・ズームアウトを多用するカメラワークも極めてアルトマン的で、これによって同一ショットの中に複数のショット内ショットを作り出して臨場感と悲喜こもごもを演出する。ピエール・ミニョーがカメラマンを務めたアルトマン映画はとくにこんな感じの映像だったように思う。
出演者が多い場面では多少食い気味に各々の台詞を被せてくる、というのもまたアルトマンぽさだったりするが、予告編の『ファーストマン』を見てあぁアルトマン、『フロントランナー』(それにしてもファーストマンに対してフロントランナーとは…)が始まったらまたあぁアルトマン、エンドロールに入ったら『フロントランナー』の監督はジェイソン・ライトマンであぁ…マン。
ファーストマン、アルトマン、ライトマン。今日はなんだかマンをいっぱい見た気がしましたね。なんの話なんだ。
それはともかくアルトマン的であることは間違いないのでつまり要するに渋い。めちゃくちゃ渋い政治群像劇だ。
だいたい題材選択からしてアメリカではどうか知らないが、日本では多分相当知名度が低い人なので少なくとも日本的には渋すぎる。
ゲイリー・ハート、日本語ネットに存在を問うたら案の定トップの方にはそれらしい記事がなにも上がってこない。
グーグル先生がおずおずと「もしかして…」と差し出してきたのは80年台アメリカで活躍した最悪に鬼畜な監禁系シリアルキラー、ゲイリー・ハイドニックのウィキペ記事だった。
それはさすがにないだろうと思うがハイドニックの初公判はゲイリー・ハートが大統領選を戦った1988年の奇縁。
なんか知らんがアメリカっぽいマンがマン載のエピソードである(マン優位思想に取り憑かれたハイドニックは女を何人も監禁強姦して自分の子供を孕ませつつ邪魔になったら殺してその肉を監禁した女たちに食わせたりしていた)
そんなオーバーザ理性的理解なシリアルキラーと比べるのはいくらなんでもと思うがゲイリー・ハートもまた女に手が早すぎかつ女性蔑視的なところがあった。
なんでもその容姿も含めてケネディの再来と言われたとか言われてないとか。ゲイリー・ハートが性豪で鳴らしたハリウッドスタァ、ウォーレン・ベイティと会った時のエピソードが『セッション』でお馴染みJ・K・シモンズ率いるゲイリー・ハート選対チームの口からジョークとして語られるが、まあ要するにそういうタイプの人ということですね。
ところで昨今の女性問題といえばセクハラとか強姦。この映画でゲイリー・ハートがやったのはセクハラ…もまぁ影でやっていた可能性はあるが、少なくともここで描かれているのはセクハラではなくお互いの合意のもとでの不倫。
その不倫がきっかけで民主党の大統領選フロントランナーだったゲイリー・ハートは一気に転落していくのだった。
軽いな! って思いませんか。いや、真面目な皆さんはどうかわかりませんが俺はぶっちゃけ超軽いじゃんゲイリー・ハートの罪! って拍子抜けでした。こんなので大統領選から脱落するのかよって。
でもそこがこの映画の面白いところで、国のトップの権限を預かる人はこれぐらいのことでも誠実に対応しないといけないって考えてみたら当たり前なんですけど、今の世の中はあまりにも誠実でなさすぎる政治リーダーが多すぎるから相対的に罪が軽く見える。
それって裏を返せば今の政治リーダーどんだけだよっていう痛烈な批判ですよね。でも直接にはそういうことを言わない。わざわざ1988年の大統領候補を題材に持ってきて暗に批判する。
いやらしいなぁもう。選対チームの仁義のなさ、生き残りをかけて裏の取れていないスキャンダルを垂れ流すタブロイドの無責任、それを横目に見つつも泥をかぶるのを恐れて静観するクオリティペーパーの狡さ(※ウォーターゲートをスッパ抜いたワシントン・ポスト)、などなどスキャンダルを取り巻く人間どもを一歩引いたところから全面的に批判するわけで、いやらしい辛辣な映画だと思いましたよ。
スキャンダルが大きくなるにつれて逆にないがしろにされていく不倫当事者の図、というのは昨今よく見る光景か。
スキャンダルと向き合わずにむしろスキャンダルを問う記者の質問にキレたりするゲイリー・ハートの幼稚な反応もデジャヴュ感ありありである。
ちゃんと世間の声を受け止めて丁寧に何があったか説明して誠実に謝っていたらここまで大事にならなかったかもしれないのにねぇ。
まぁ絶対に謝らないことで強い指導者を演出してコアな支持層を固める、というのが最近の政治家トレンドのようですが(ゲイリー・ハートは時代に先んじていたのだ)
色々と見ていて痛いが、どこか冷笑的な響きのあるピアノ独奏、狂騒の予感を演出するパーカッション+手拍子、ロブ・シモンセンのミニマムな音楽は捻りがあって耳に楽し。アルトマン風のカメラワークは目に楽し。
ブラウン管テレビの走査線を大写しにしたエンディングも人を食った趣向で、仄かなひねくれユーモアが終始漂うおもしろい映画でありました。
【ママー!これ買ってー!】
BP石油流出事故の被害者救済に尽力し一躍地元の星となった代議士が下半身トラブルでグダグダになってしまうある意味『フロントランナー』と同じようなニコラス・ケイジ主演作は原題が『THE RUNNER』。
なんかスラング的に候補者とかそういう意味があるんですがね、RUNNERって。