幸福の映画『僕の彼女は魔法使い』感想(ネタバレ注意)

《推定睡眠時間:0分》

『UFO学園の秘密』以降の幸福映画は余すことなく劇場公開時にダイブしているのでもう慣れたつもりだったがこれはさすがにもぎりを通るのに勇気を要した幸福映画で、なんなら他の映画を観に行って上映前予告でこれが流れる度に変な汗が出ていた。
結構ざわついている客席でもシーンて静まりかえるんですよこれの予告編が流れると。その空気よ。やめてよそういう居たたまれないの…俺は観るから! 俺は観に行きますから他のお客さんは巻き込まないであげてよって思いましたよね…。

そういうところがもうダメだ。基本的には信者の人向けの映画というかイベントとはいえ一応非信者向けのプロパガンダ映画でもあるんだから非信者にうわこれキツいなって思わせたらダメだろうが。なかんずく非信者に気を遣わせるとか問題外にも程がある。
どちらが正しいとか間違ってるとかそういう話はしませんよ俺は。しかしだね、こと映画製作に関しては数々の幸福映画を手掛けた後、現在は教団を離脱して映画レビュー系YouTuberになった大川宏洋の方がこの映画の製作チームよりわかってましたよ。

それは確かに宏洋の映画も非信者の目からすればトンデモには違いないけれども、トンデモなりにフックがあったんですよ宏洋の映画は! なんかこう、なんだろうこれっていう好奇心を煽られる感じの! あとアクションとか派手なのあるし!
それプロパガンダ映画の作り方として上手いっていう話だからあんまり褒められたものでもないと思うんですが、まぁ、とはいえ、無責任な観客としてはたとえプロパガンダでも面白い映画が観たいわけで…その比較対象がプロパガンダ映画ならばなおのこと、そりゃ変に気を遣わないで単純に楽しめる映画の方が良いに決まっているのだ…映画に対する要望は宗教映画の場合、信者と非信者で結構方向が違うから難しいが。

『僕の彼女は魔法使い』のストーリー。科学オタクを自称しながらも錬金術と○○文書みたいなニュートンよりはムー寄りのタイトルの本を読んでいる平凡な高校生の梅崎快人は夢の中で2019年を感じさせないアイドル芝居を爆発させる千眼美子と遭遇(どうせ夢の世界には時間の概念とかないからこれは時代錯誤もしくは隆法の好みとかでは断じてない。ないと思いたい)、なんとこの千眼美子は人類に愛をもたらす白魔女でしかも赤い糸で繋がった運命の人を探しておりその人がちょうど梅崎快人でそんなふたりを精神科医率いる黒魔法使い軍団(※3人)が狙っているのだった。なんか色々たいへんそうである。内容がじゃなくて作ってる人たちが。

映画の冒頭、この世界には実は白魔術師と黒魔術師がいて千眼美子の属する白魔術師は超劣勢という設定がテロップとナレーションのダブルでインフォメーションされる。
光と闇の戦いか。そういえば宏洋は関わってませんが去年の幸福アニメ映画『宇宙の法―黎明編―』はおもしろかったすねー、戦いのスケールがでかくてさ。

幸福の実写映画は近作では人間ドラマ路線を取っていたからこういうアクション回帰はわりと歓迎だったが、もう言ってしまったが敵の黒魔術師たった3人であるし、あとどこで千眼美子+梅崎快人と戦うってすぐ撤収できるようにどっかの家のリビングで壁傷つけたりとか床汚したりとかしないよう配慮して棒立ちで戦います。後はCG班に任せろ。

歓迎しただけ損をしてしまった。しかしこれでも映画の最後にようやく出てくるアクション的な見せ場で、じゃあそれまで何やってるかって新卒社員の梅崎快人が仕事で失敗したり高校時代に霊体と化した白魔術師の不破万作(千眼美子の祖父という設定)に精神と時の部屋に放り込まれて魔法訓練をさせられたことを思い出したりする。
魔法訓練とはなにか。白いスクリーンに念を送って絵を描けとか言われる。急にそんなことを言われて困惑する梅崎快人に不破万作は「信じろ!」。自分には魔法が使えると信じれば魔法は使えるのだった(そのへんシャマラン映画的である)

真面目にこの映画のなにがダメだったか考えてみると、ホウキで空を飛ぶ千眼美子の絵面が恥ずかしすぎるとか千眼美子が赤い糸を感じたらその相手(梅崎快人)に赤い糸のエフェクトが入るのが安すぎるとか全体的にCGに頼りすぎているくせにそのCGに気を配らない演出が雑すぎるとか映像面の問題もあるが、やっぱシナリオがダメだ。
あまりにも未整理で詰め込みすぎて、最重要ポイントであるはずの白魔術師と黒魔術師の戦いさえもっぱら観客のエモーション頼み、戦いの状況(それはアクションに限ったものではない)をまともに描けていない。

俺が観た回では千眼美子がなんか祈ってるシーンで一緒に手を合わせて祈ってる観客の人もいたし、内向けの宗教映画としたらこれでいいんだろうなとはおもう。
おもうけれどもしかし、俺外側の人間だしなぁ…。仕事で失敗して宗教いや魔法に救われるとかマジ毎回そういう展開ありますよね幸福映画。あとなに、善人格と悪人格の一人二役とか。ちょっと捻った形で千眼美子の一人二役が出てくるんですが、これ自分の中のネガティブなものを幸福の科学は取り除いてくれるっていうことですよね要するに。

で、その幸福的アピールポイントを取捨選択しないまま丸ごとぜーんぶ魔法がどうとかポップ(?)でファンタジーな物語に落とし込もうとして、それが上手くいってない。内向けの信仰の確認と強化なのか外向けの宣伝と教化なのかっていうところをあんまり考えてなくて、その乖離をフォローする映画的工夫もできなかった。
だから色んな要素があるんですけど全部中途半端になっちゃって、幸福的世界観にそんな馴染みがない目から見るとなにこれって出来になってるんだろうなぁって思いました。

皮肉にも白魔術師をぶりぶりに演じている時の千眼美子よりも魔法を信じないビジネスパーソンを普通に演じている時の千眼美子の方が全然芝居に彩があって魅力的だったり、個人的には糞だせぇと思うが隆法の作詞作曲だし信者の人が歌うにはこんぐらいダサくて間口の広い方がいいんだろうなみたいな主題歌を歌っていたのは千眼美子じゃなくて隆法の娘の大川咲也加というどんでん返しがエンドロールにあったり、上映前に流れていた幸福映画次回作のストーリーがどうも宏洋が主演を張った幸福映画最終作にして隆法の自伝映画だった『さらば青春、されど青春』の宏洋を抜いたセルフリメイクっぽかったり、ちょい役で出演の佐伯日菜子の幸福ではない出演次回作が『僕はイエス様が嫌い』のタイトルでまさかのコンボを形成していたり…とまぁ企まぬところで見どころそれなり、その意味で面白い映画ではありましたけどね。でも、キツかったっす。

補足:
ところで劇中、幸福なかみさまのエル・カンターレの名前が出てくるのですが、俺の記憶なんか甚だ頼りにならないがハッキリその名前が出てくる幸福映画って意外と珍しいんじゃないだろうか。
だからなんだと言われてもまぁ困るわけですが…。

あと千眼美子が赤い糸で結ばれた人を探していてやっと見つけたその人とやたらイチャイチャするっていう魔法戦争の本筋と全然関係ないヌルい恋愛シーンにむしろ魔法戦争より時間を割いてしまうこの映画ですが、そのへん宏洋が週刊誌なんかで言ってる千眼美子と結婚するよう親父から言われた的なエピソードと照らし合わせると、真相は永久に不明ながら(不明でいいと思ってる)味わいが深くなる。

それから最後にひとつだけ映画の良かったところを挙げておくと、絶対にあると思った魔法で病気を治す場面がない。
幸福映画は隆法(エル・カンターレ)に帰依すれば病気が治る展開を平気でぶっ込んでくるので俺基準では倫理的に限りなくアウトに近いアウトなのですが、その点これは倫理的なグレーゾーンに留まっていた。

とくに固有名詞とか出てきてないと思うんですけどエンドロールの最後には「この映画はフィクションであり登場する人物・団体は…」の文言から始まる注意書きも入っていて、改心は一切してないと思いますが抗議とか信者離れを恐れてちょっと穏健路線になってきたのかなぁとか邪推しますが、果たして。

【ママー!これ買ってー!】


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俺シャマラン好きですけどシャマランがやってる映画って幸福の映画とメッセージとか構造のレベルではそんな違いがないと思うんですよ。ただ語りの巧さとか映画的強度は比較にならないんですけど。

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