映画『たちあがる女』がすごかった感想(多少ネタバレあり)

《推定睡眠時間:1分》

『たちあがる女』はコーラス講師と環境活動家、二つの顔を持つ女性ハットラが、新しい家族を迎え入れ、母親になる決意をしたことから巻き起こる騒動をユーモラスに描くヒューマンドラマだ。雄大なアイスランドの自然と叙情的な音楽に彩られた現代のおとぎ話ともいえる物語は、とぼけた味わいとコミカルな笑いを醸しながらも、いまの人間社会において見逃してはいけない問題を皮肉たっぷりに浮かび上がらせていく。
http://www.transformer.co.jp/m/tachiagaru/

本年度最嘘宣伝候補。上は公式サイトからのイントロダクション抜粋ですがこんな映画の売り文句でよくもぬけぬけとそんなことを書けたなと驚愕しかない。『太陽を盗んだ男』を余命いくばくもない男が残された人生を精一杯生きようとする姿を通して現代人に生きることの意味を問う社会派感動作、とか売り込むようなものですよこれは。絶対間違ってるだろ。絶対間違ってるだろ!
騙された感が振り切れていてむしろ快感だったから全然良いんですけど。こういう嘘だいすき。これを騙るシスと…ケーシー高峰じゃあるまいし。

とにかくタイトルバックからして普通ではない。荒涼としたアイスランドの高原を主人公と思しきオバハンが歩いてくるんですがその動きに合わせてカメラがじわぁ~っとパンしていくとなんとなく画面に表示されているクレジットがズレる気がする。
このクレジットはカメラではなくて風景と同期しているので実際にズレていた、ということがわかるのはオバハンは画面左奥からカメラ右手前に向かって斜めに歩いてくるので、オバハンがカメラに近づくにつれてパンの速度は増しクレジットのズレは大きく…いやそれはいいのだがそこで、さっきから鳴っていたマーチ風のBGMがアコーディオン・トリオの演奏しているものだとわかる。なぜなら高原で演奏中のトリオがスルっとカメラに入ってくるから。映像脚本的に言えばこの音楽はBGMではなくMだった。

人を食ったオープニングだ…と思ったらオープニングだけじゃなくてこのトリオはその後も音楽が鳴ると出る。しかも曲によってはピアノマンだったりウクライナの?民族衣装に身を包んだ女三人コーラス隊だったり演奏担当が変わる。
ということは劇中の音楽は全部BGMじゃなくてオバハンの心象風景としてのMなわけだ。心象風景と客観風景が同じショットにしれっと混在してるんですよねこの映画。だから明らかに怪しい隣人とか通行人が画面に映り込むんですけどどうもそれはCIA工作員とか警察の潜入捜査官が(オバハンを捕らえるために)動き出したとの噂を同志から聞いたオバハンの妄想混じりの主観っぽくて…ほらもう既に「とぼけた味わいとコミカルな笑いを醸しながら」どころじゃないでしょ! 電波でしょ! 笑うけどね!

ちなみにその同志(コーラス受講生のなんとか官僚)と活動について話し合う際は盗聴を防ぐため冷凍庫にスマホを入れて電波を遮断していた。
このオバハンはなんていうかこう色々と本物なのである。本物だから破壊活動帰りのタイトルバックで例のトリオを背にランボーが持ってるような弓をジャキンと地面に突き立てるとダダダっと高原をダッシュ、付近を捜索する警察のヘリを捕捉すると岩陰にスネーク的に滑り込み、窪地に転がり込んだりして慣れた感じでヘリをやり過ごすのであった。

オバハンが闘っているのは比較的最近出来たっぽいアルミニウム工場で、こいつが美しいアイスランドの大地を汚す、というのもあるが世界中の様々な災害や異常気象はグローバリゼーションに伴う環境破壊が原因だとオバハンは考えているので、その象徴としてアルミニウム工場が標的に。
アイスランドのアルミニウム製造業は米中資本を入れて目下のところ成長中。政府はその経済的成果をアピールしてそこらへんの平凡人は経済が強くなるに越したことはないとこれを甘受。

オバハンはそんな状況にテロでもって否を突きつけるのだが、あれこれ指示はするものの自分では破壊活動に手を染めない同志の官僚にはどうも環境保護とは別の思惑があるようでもあり、呑気なシュールコメディのムードなのに描かれている状況はハードコアなポリティカル・サスペンスもしくはアクションなのだった。
セムテックス強奪してプラスチック爆弾作って(アルミニウム工場に電力を供給する)送電鉄塔爆破しに行ったりするからなこのオバハン。すごいよもう。弓を背負って大自然を味方につけてたった一人で警察の捜索隊と渡り合う姿は完全にランボーでしたね。

オバハンが破壊活動に打ち込んでいるその頃、ヨガ講師をやってるオバハンの双子の姉は仏僧になるためインド行きを決意する。不幸にもゲバラTを着ていたため警察にマークされてしまったバックパッカーは行く先々でテロの関与を疑われ拘束される。意志は強いがメンタルの安定しないオバハンのために何度も呼び出されて疲れたアコーディオン・トリオのリーダーはとりあえず一服する。

掴み所のない映画だがその混沌の中に不意に現れる個の仁義とかアウトサイダーの連帯とか狂気と表裏一体の信念にはぐらっと心を揺さぶられてしまったりし…あの鉄塔が倒れる瞬間の高揚感、終末に沈み込んでいく悲劇にも終末をサバイブしようとする強靱な意思の現れにも、あるいは妄想の破局にも見える壮大かつ不可解な黙示録的ラストは強烈にハートに刻まれてしまったしで…わけはわからんがとにかく、なんかすごいものを見た感があった。
まだ観てない人は騙されたと思ってというか売り方を確信犯的に誤っている配給会社の宣伝に騙されて観に行って衝撃を受けてほしいとおもう。

※2019/03/18:少しだけ書き直しました。

【ママー!これ買ってー!】


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ランボーの新作もまたやるらしいですが今度はオバハンに倣って環境破壊と戦ったら面白いんじゃないですかね。

↓なんとなく雰囲気が似ている映画


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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2020年1月5日 11:57 PM

エンディングのよくわからなかったのですが、これを読んで、なるほどー!と思いました。
ほのぼのしてるのに、ランボーで、ユーモア溢れてるのに、ハードなポリティカルサスペンスもしくはアクション、ほんとですねー。
かなり面白かったです!